京都地方裁判所 昭和57年(ワ)412号 判決 1983年12月23日
原告
井川正男こと鄭正男
右訴訟代理人
高橋南海夫
被告
巽順一郎
右訴訟代理人
占部彰宏
小原正敏
被告
奈良ゴルフ場株式会社
右代表者
佐伯勇
右訴訟代理人
石井政一
小林茂夫
主文
一 被告らは原告に対し各自金一六一万六六一一円および内金一四六万六六一一円について被告巽順一郎は昭和五七年三月一六日から、被告奈良ゴルフ場株式会社は同月一八日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを四分し、その一を被告らの、その三を原告の各負担とする。
四 この判決第一項は仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは原告に対し各自金七三五万六四五五円および内金三六二万六四五五円について被告巽順一郎(以下「被告巽」という。)は昭和五七年三月一六日から、被告奈良ゴルフ場株式会社(以下「被告会社」という。)は同月一八日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する被告らの答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
(一) 日時 昭和五六年一一月五日午後一時ころ
(二) 場所 奈良市宝来町一三八九番地奈良国際ゴルフ場アウトコース一番ホール付近
(三) 態様 原告がティーショットの打球を右同ホール右側の木立付近で捜していたところ、同ホールの右側付近に設置されているアプローチ練習場で練習をしていた被告巽の打球が原告の後頭部付近に直撃した。
2 原告の受傷
原告は、右事故により頭部打撲の傷害を受け、頭痛、右半身のしびれ感、視力の低下等のため、昭和五六年一一月一〇日から同五七年一月二二日までの間永田医院に、同五六年一一月一七日山村診療所に、同年一二月四日鈴木神経科医院に、同月七日京都第二赤十字病院に、同五七年二月一九日から同月二六日までの間米林眼科医院に、さらに西京病院にそれぞれ通院して治療を受けたが、現在もなお頭痛、右半身のしびれ感、著しい視力の低下および眼精疲労が残つている。
3 被告らの責任
(一) 被告巽は、アプローチ練習場に隣接してコースがあり競技者のあることが十分予想できるのであるから、ボールがこれら競技者に当らないよう注意して打球すべき義務があるのにこれを怠り、漫然とアプローチショットを行なつたところ誤つてトップボールを打つた過失によりボールを原告の後頭部付近に直撃させたものであり、被告巽には民法七〇九条により原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。
(二) 被告会社は、ゴルフ場の経営を業とする会社であり前記ゴルフ場の所有者かつ占有者であるが、アプローチ練習場では練習する者の打球がトップボールとなつて飛ぶこともあるからアプローチ練習場とコースとを隔離して設置しもつて危険の発生しないよう安全をはかるべきであるのに、その措置をとることなくコースと隣接してアプローチ練習場を設置しその間に障害を設けることもしなかつたのは土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があるものであり被告会社には民法七一七条により原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。
4 損害
(一) 治療費診断書料等 九万三〇四五円
原告は、治療費として前記永田医院に三万九一六〇円、山村診療所に八四〇円、鈴木神経科医院に二〇四〇円、京都第二赤十字病院に二二六五円、米林眼科医院に二九七〇円、西京病院に五七七〇円、診断書科として京都第二赤十字病院に一五〇〇円、眼鏡購入費三万八五〇〇円、以上、合計九万三〇四五円をそれぞれ支払つた。
(二) 通院タクシー代 三万七六八〇円
(三) 休業損害 五五七万円
(1) 原告は、事故当時喫茶スナック「ボンボン」を経営し一か月平均五三万円の収入を得ていたが、前記傷害により事故後ほとんど出勤することがなく、一時休業が続き昭和五七年二月初めころから夜のみ開店したがその売上げは経費にも満たない状態であつた。従つて、原告が蒙つた前記「ボンボン」における休業損害は一か月当り五三万円の割合による昭和五六年一一月から同五七年二月まで四か月分の合計二一二万円および同年三月から同年八月までの減収分一か月当り四〇万円の割合による六か月分の合計額二四〇万円である。
(2) 原告は、昭和五六年六月から井川園芸(貸植木業)を開業し、事故当時一か月平均一〇万五〇〇〇円の収入を得ていたが、事故後完全休業となりその休業損害は右月額の割合による昭和五六年一一月から同五七年八月までの一〇か月分の合計額一〇五万円である。
(四) 慰藉料 一〇〇万円
(五) 弁護士費用 七〇万円
原告は、本件訴訟の提起追行を原告訴訟代理人に委任し、その報酬として七〇万円の支払を約した。
よつて、原告は被告ら各自に対し右損害合計額のうち七三五万六四五五円ならびにうち昭和五七年三月以後の休業損害および弁護士費用を除いた三六二万六四五五円に対する不法行為の後であり本件訴状送達の日の翌日である被告巽については昭和五七年三月一六日から、被告会社については同月一八日から各支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1(被告巽)
(一) 請求原因1(一)、(二)の事実は認める。同1(三)の事実のうち、被告巽が奈良国際ゴルフ場の練習場において練習グリーンに向けてアプローチショットの練習をしていたこと、原告に右巽の打球が当つたことは認め、原告の後頭部付近に直撃したことは知らない。
(二) 同2の事実は知らない。
(三) 同3(一)は争う。
被告巽の打球はアプローチショットとしての通常の弧を描いて練習グリーン近くに落下して行つたにすぎず、本件事故は原告がアプローチ練習場で練習をしている者がいることを知りながらアウト一番コースでティーショットしたボールがOBラインを超えてコース外の右練習場に入つて行つたのを探すためボールの行方のみに心を奪われ、不用意に入りこんだことに専ら基因し、しかも被告巽は右アプローチショットの後はじめて原告が右練習場に入りこんでいることを発見しえたものであるから、被告巽には本件事故について過失はない。
(四) 同4の事実は争う。
2(被告会社)
(一) 請求原因1、2の事実は知らない。
(二) 同3のうち被告会社がゴルフ場の経営を業とする会社であり本件ゴルフ場の所有者かつ占有者であることは認め、その余は争う。
(三) 同4は知らない。
第三 証拠<省略>
理由
一(事故の発生)
原告および被告巽各本人尋問の結果並びに検証の結果を総合すると、昭和五六年一一月五日午後一時ころ奈良市宝来町一三八九番地奈良国際ゴルフ場アウトコース一番ホールティーグラウンドにおいて原告がコースに沿い南に向つてティーショットした打球を同ホール南前方約二四〇メートル右(西)側のOBラインを越えて木立付近に打ち込みボールの行方を捜していたところ同ホールの右(南西)側付近に設置されているアプローチ練習場で練習をしていた被告巽の打球が原告の後頭部付近に当つたことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない(以上の事実は打球の当つた部位を除き被告巽との間では争いがない)。
二(傷害の部位程度)
<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。
原告は、本件事故により後頭部打撲の傷害を負い、昭和五六年一一月一〇日から同五七年一月二二日までの間(実治療日数七四日)京都市北区紫野雲林院町四二所在の永田医院に、同五六年一一月一七日同市右京区西京極東大丸町一八―一所在の山村診療所に、同年一二月四日同市北区紫竹下芝本町七九所在の鉄木神経科医院に、同月七日同市上京区釜座通丸太町上る春帯町三五五の五所在の京都第二赤十字病院に、同五七年二月一九日から同月二六日までの間米林眼科医院にそれぞれ通院して治療を受け、遅くとも同年二月末日ころ頭痛、下半身のしびれ感、視力の低下および眼精疲労を残して症状固定した。その後同年四月二日から同月一四日までの間頭痛を感じたときに同市右京区西院北矢掛町三九番地の一所在西京病院に通院して投薬を受けている。
三(被告らの責任)
1(被告巽)
原告、被告巽順一郎各本人尋問及び検証の各結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。右事故当時被告巽はアプローチ練習場内に設置されている西グリーン北側付近ラフから約三〇メートル離れた東グリーンに向かつてアイアンクラブ(サンドウェッジ)を使用してアプローチショットの練習を重ねていた。同被告は約一〇球目を打ち終つたとき打球方向約四〇メートル前方に原告があるのを発見した。原告はアウトコース一番ホールからアプローチ練習場に下り(その間には木立があるのみで他に打球を遮ぎる障害となるものは設けられていない)同練習場内東グリーンの東側数メートルの木立下付近で東向き(被告巽に対して後向き)になつてボールを探していたとき同被告の打球が大きな弧を描いて東グリーンを越えて飛来し直接原告の後頭部に当つた。被告巽は約一〇年以前から同ゴルフ場の会員となり本件事故頃には月二回位の割合で同練習場を使用しまたコースをラウンドしており同練習場付近の位置関係は十分承知していた。以上の事実を認めることができ他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
右事実によると、アプローチ練習場の東側には木立がありアウトコース一番ホール方向への見通しが良好ではなかつたけれども原告と被告巽との位置関係からみて原告がアプローチ練習場の方向に下りてくる姿は被告巽がアプローチショットを打つ間同人の視野の範囲内にあつたものと認められ、被告巽はこれを見落し打球の飛行方向に対する安全を確認することなくアプローチショットを継続した結果偶々打球が東グリーンを越えて原告に当り同人を負傷させたのであるから被告巽は原告に対し不法行為責任を負うものというべきである。
もつとも、原告本人尋問の結果によると、原告も自己がミスショットしたボールの行方を追うのに心を奪われアプローチ練習場があることを認識しかつ被告巽の打球する姿を発見しながら同被告がパターの練習をしているものと軽信し不用意に右練習場東側に向つて下りて行つたことが認められるけれども、前記事実と原告本人尋問及び検証の結果によれば、被告巽が事故の原因となつたショットを行なうときにはすでに同被告の視界に原告が入つており、被告巽が発見しえないほど短時間原告が練習場付近に留まつていたに過ぎなかつたものでもなく、またアウトコース一番ホールから競技中のオービーボールが右練習場東寄り付近に飛来しこれを追つて競技者が近寄つてくることがあることも被告巽にはわかつていたものと認められるのであつて、従つて、本件練習場でアプローチショットの練習をすることが許されており第三者が練習場内に入る場合通常はその者にも細心の注意をする義務が課されているとしても被告巽には危険発生を予見し又これを回避する義務があり、原告の姿を発見しえたから危険の発生を予見することができ本件事故を回避することができたものというべきであり、また、本件事故は通常の競技過程のものではなくコース外の練習場内での事故であるから原告が危険を受忍していたものということもできない。
2(被告会社)
被告会社が前記アプローチ練習場を含むゴルフ場の経営を業とする会社であつてこれを所有かつ占有していることは当事者間に争いがなく、右事実によると、被告会社は右ゴルフ場等の設置又は保存に瑕疵あることに基づき他人に損害を及ぼしたときはその賠償責任があるところ、前記のとおりアプローチ練習場とコースとを中間に安全網又は障壁等を設けることなく隣接させれば本件のような事故が起りうることは充分予想できるところであり、両者を隣接して設置したこと又その中間に予測しうるボールの飛来を防止できる程度の障壁等を設けて競技者が容易に練習場内に入り込まないような設備をしなかつたことは土地の工作物の設置保存に瑕疵があつたものといわざるをえず、従つて被告会社は原告に対し民法七一七条により本件事故による損害を賠償すべき責任を負うものというべきである。
四(損害)
前記事実と<証拠>を総合すると、本件事故と相当因果関係のある損害を次のとおり認めることができる。
1 治療費、診断書科 五万四五四五円
2 眼鏡購入費 三万八五〇〇円。本件事故により眼鏡使用を余儀なくされたことに基づく購入費用。
3 通院交通費 四四八〇円。往復バス代二八〇円に通院日数一六日間を乗じた額。前記原告の傷害の部位・程度、交通機関の便などを総合すると、通院費用としてバス使用による運賃をもつて損害相当額と認める。
4 逸失利益
原告は本件事故当時喫茶・スナック「ボンボン」および井川園芸を経営し、前者については固定給一か月二〇万円および純利益年一六九万五四三七円(一か月平均一四万一二八六円)、後者については月平均一〇万円を得ていた。原告は事故当日から昭和五七年二月ころまで右ボンボンへ出勤することが少なくなり、その開店回数も減少し、また井川園芸は廃業したが、前記の傷害の部位、程度、通院治療状況、後遺障害の症状に照らすと本件事故と相当因果関係のある逸失割合は、右スナックボンボンについては事故後二か月間八〇パーセント、その後症状固定日である昭和五七年二月末日までの五五日間は五〇パーセント、井川園芸については事故後症状固定日までの一一六日間は全休業損失分、右いずれについても症状固定日の翌日である昭和五七年三月一日から一年間(そのホフマン係数0.952)は五パーセントとするのが相当である。そうすると、その損害合計額は一四九万七六三四円である。
20万+14万1286=34万1286
34万1286×2×0.8=54万6058……①
34万1286×55/30×0.5
=31万2846……②
10万×116/30=38万6677……③
(34万1286+10万)×12=529万5432
529万5432×0.952×0.05
=25万2063……④
①+②+③+④=149万7634
5 慰藉料 本件事故の態様、原告の傷害の部位・程度、治療経過、後遺症の内容・程度、その他本件に顕われた一切の事情を斟酌すれば原告が本件事故につき慰藉料として請求しうべき額は五〇万円をもつて相当と認める。
6 過失相殺 前記のとおり本件事故の発生について原告にも過失が認められるのであつて前記事故の状況を総合考慮すると原告の過失割合を三割とするのが相当である。従つて、以上1ないし5の合計額二〇九万五一五九円を右割合で按分し過失相殺をすると原告の請求しうべき損害額は一四六万六六一一円である。
7 弁護士費用 一五万円。原告が本件訴訟の提起遂行を原告訴訟代理人に委任していることが認められ、本件訴訟の経過、認容額等を考慮すると原告の負担する弁護士報酬額のうち損害として請求しうべき額は一五万円とするのが相当である。
五よつて、原告の被告らに対する本訴請求は、被告ら各自に対し一六一万六六一一円並びについ弁護士費用を除いた一四六万六六一一円に対する損害発生の日以後である被告巽については昭和五七年三月一六日から、被告会社については同月一八日から各支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の部分は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(吉田秀文 小山邦和 中村俊夫)